不安・パニックの患者さんへのアプローチ

DSC_0008不安は誰にでもあるものですが、主観的で漠然としたものであるとともに、身体化される傾向 があるものです。それが苦痛な状態に陥ったものが不安障害と呼ばれるものですが、そのような 病的な不安は不安障害にのみ見られるものではなく、うつ病やパーソナリティ障害をはじめ、他 の多くの精神障害でも見られるものなので、診断には注意が必要です。

このような不安について、心理学的な検討を初めて行ったのは、精神分析の創始者フロイトで した。当初フロイトは、心の中で欲求を抑えることが不安につながると考えました。抑えられた (フロイトはこのメカニズムを抑圧と呼んでいます)欲求が表面化することで、症状が生まれる とフロイトは考えました。フロイトは夢なども同じメカニズムで起こっていると考えています。 その後、フロイトは不安信号説を唱えました。不安は抑圧された欲求と直接関係するのではなく、 心が危機的な状態にあることを知らせるある種の危険信号が不安であるという考えです。フロイ トは不安が過剰になって心では抱えきれなくなる状態を神経症と呼びました。神経症は、ドイツ 語ではノイローゼとなりますが、今日の不安障害とほぼ同じと考えられます。

脳科学では、不安は、脳の中で危険を察知したり、防衛したりする中枢と考えられている扁桃 体と、記憶や思考の中枢である前頭前野との間の神経回路が深く関わっていると考えています。 不安障害の場合、扁桃体の過活動を前頭前野が抑制できなくなっていて、身体的反応まで引き起 こしてしまうという仮説が一般的です。

不安障害の一般的な症状としては、強度の不安、予期不安、恐怖感、緊張感、イライラなどの 心理的な症状のほか、発汗、動悸、胸痛、頻脈、頭痛、下痢、めまいやふらつき、不眠などの身 体的な症状があります。不安障害にはさらに特異的な症状が付け加わる場合があり、それに従っ ていくつかの類型に分類されます。全般性不安障害、パニック障害、恐怖症性不安障害、強迫性 障害などであり、類縁のものに解離性障害、身体表現性障害、および適応障害があります。全般 性不安障害は、不安の一般的な症状のみで、他に顕著な症状がない場合です。パニック障害では、 不安の一般的な症状に加えてパニック発作が見られます。パニック発作とは、通常の不安や恐怖 に比べて自己制御出来ないほどの激しい不安や恐怖が突然起こることです。恐怖症性不安障害は、 特定の対象や状況に対して過度の怖れを抱くもので、逃げ場のない状況を怖がり回避すること (広場恐怖と呼ばれます)、人前で恥ずかしい思いをするのでないかと過剰に恐怖すること(社 会不安障害とも呼ばれ、対人恐怖なども含まれます)、単一恐怖(動物、病気、不潔など何か特 定のものを過度に怖れること)があります。強迫性障害は、あることがらについて繰り返し起こ る思考(強迫観念)とそれを打ち消すための行動(強迫行為)とによって成り立ち、それに強い 不安、苦痛を伴うものです。解離性障害は、自分の時間的・空間的な連続性が何か破綻した状態 であり、解離性同一性障害(多重人格)などを含みます。身体表現性障害は、身体症状を訴える がそれの原因となる器質的な身体疾患がないものです。適応障害は、明らかなストレス因子に対 する反応として起こるもので、不安や抑うつ気分を伴うものです。

近年、不安やパニックを訴える患者さんで特徴的なのは、何らかのトラウマを経験している方 が増大していることです。トラウマとは、身体的、あるいは精神的な安全を脅かす破局的な出来 事による傷付きを意味します。こういうトラウマはごく最近経験されたものである場合もありま すが、子供の頃に経験されたことが何らかの理由で今になってよみがえって不安を引き起こす場 合もあります。トラウマを経験している患者さんの場合、その治療はさらに工夫が必要となります(その点については、別項を参照してください)。  このように一言で不安といっても、様々なタイプのものがあり、様々な病態で見られるので、きちんとしたアセスメントが先ずは重要となります。

具体的なアプローチ

受診された患者さんに対しては、先ず苦痛の軽減を行うことを目指します。不安は人生につきものです。不安が完全になくなることはあり得ないと思いますが、それで生活に支障が出ている 場合は困ります。苦痛の軽減の最初の一歩は、何が不安を引き起こしているかを知ることです。 不安がどのように心理的要因によって引き起こされていることを知るだけで、また、治療によっ て不安が軽減可能であることを知ることで、ある程度苦痛は軽減することがあります。また、何 か直接的なストレスが不安の原因となっている場合には、そのストレスを軽減する方策を考える ことも重要です。さらに抗不安薬や SSRI などの抗うつ薬が不安障害の症状軽減に有効な場合が ありますので、それらを適宜に使用することもあります(勿論、患者さんが希望された場合のみ です)。それと並行して、診察、心理検査などを通して、診断をきちんとつける作業を行います。 診察では、表面上の症状を評価するだけでなく、背景にある要因、特に心理的要因を探ることを 重視しています。そのために、何回か診察を繰り返し受けていただくことがあります。そうして 診断、アセスメントが確定した後、今後の方針について患者さんと話し合う時間を設けています。

不安障害の患者さんのセラピーについて

ここでは、不安障害の患者さんのセラピーに限定して説明します。不安障害の場合には、先ず患者さんに自分の病気を理解してもらうことが重要です。不安障害の場合には、不安が不安を呼 ぶ、ということが起こりますので、自分で不安をマネージメントする方法を身に着けることが大 事になります。また、規則正しい生活や、適度な運動は役に立つでしょう。過度の喫煙、飲酒を 避けることも意味があります。いずれにしても、不安やストレスから逃げないという姿勢が重要 でしょう。不安障害に対しては、従来から薬物療法が良く用いられていますが、今日主に用いられるのは 抗不安薬と SSRI です。抗不安薬は精神安定剤とも言われますが、ベンゾジアゼピン系の薬物で、 大脳辺縁系の神経活動を抑制することによって作用すると考えられています。抗不安薬は即効性 がありますが、脱力感や眠気などの副作用が知られています。また、依存性も指摘されており、 大量の抗不安薬を長期間使用する場合には、注意が必要です。抗うつ薬、特に SSRI は、持続的 に不安を抑える効果があるので有効です。但し、効果発現には時間がかかること、胃腸症状や口 渇などの自律神経失調症状といった副作用も大きいことが問題です。当クリニックで薬物療法を 行う場合には、治療初期、および不安の発作を抑えるために抗不安薬を使用し、長期的には SSRI を使用するのが一般的なやり方です。

尚、当クリニックは、症状の背後にある人生の問題を考えるカウンセリングを重要だと考えて います。その人の心が、不安を抱えきれなくなった時に、不安障害が起こると考えるためです。 そのため、精神分析的なセラピーを勧めています。また、繰り返しになりますが、認知行動療法 は行いません。認知行動療法による治療の効果は一時的なものと考えるからです。認知行動療法 を希望される患者さんは、他の診療施設をご紹介いたしますので、お申し出ください。