臨床コラム 幼い頃の記憶

  •   2017/11/08

人々や物事から受け取る印象について言えば、幼い頃と大人になってからとでは、その受け取り方に随分違いがあると気づかされます。幼い頃は、感受性が強いというか恐れがないというべきか、その眼差しに映るものすべてを受け取っていたのに対し、大人になってからは、物事が印象に残るまでに色々と難儀したり、大切な人々となるまでにしばらく時間がかかったりするものです。

記憶に関しても同様で、大人になってから覚えていることと言えば、特に印象深かったことがほとんどですが、幼い頃の記憶は、なぜこんなことを覚えているんだろう?と首を傾げたくなるような、意味があるとは思えない記憶の細部まで深く心に刻みつけられています。それが事実であるかどうかは今となっては確かめようもありませんが、疑いようもなく幼い頃の記憶は、今の私たち自身に影響を与え続けています。

先日、大人気カルト映画「ブレードランナー」の続編、「ブレードランナー2049」が公開されました。私もさっそく観賞しに出かけましたが、この映画の主要なストーリーラインの一つが、幼い頃の記憶に纏わる話でしたので、少しご紹介したいと思います。

 主人公であるレプリカント(人間との判別が難しいサイボーグ)のKには、幼い頃の記憶がありましたが、それは彼自身が体験したことの記憶なのか、あるいは植え付けられた他者の記憶なのか、彼には判然としませんでした。もしその記憶が彼自身のものならば、彼はレプリカントとして製造されたのではなく、母親の体内からこの世に生まれ出たということを意味します。つまりそれは、自分が人なのか、あるいはレプリカントなのかという彼自身の存在に関わる問いへとつながっています。彼はその記憶の真偽を確かめるために、記憶をクリエイトすることができるというある女性のもとを訪れます。女性はKに、記憶は単なるヴィジョンではなく、もっと複雑な感覚の集合体であるということを説きます。記憶の内容を巡ってストーリーが進展すると同時に、本当の自分は一体何者なのか?というKの内面の旅も進んでいきます。幼い頃の記憶は彼が自分自身について考えるきっかけとなり、その後の彼の生き方にも影響を与えたのでした。 

私はカウンセリングをはじめる前に、その方のこれまでの人生について詳しく教えてもらうようにしています。その際に、最初に尋ねる質問は、「思い出せる限りで最も古いと思われるあなたの記憶について教えて下さい」です。たいていの方が、「何も思い浮かびません」と言った後でちょっと考えて、「なんでこんなことを覚えているのか不思議ですが…」と言って、今となっては夢に近いような、幼い頃の記憶の断片について語られます。フロイトは、このような幼い頃の記憶に注目し、スクリーンメモリー(隠蔽記憶)と名付けました。彼によると、この種の記憶は葛藤や抑圧などの心理的力の産物であり、無意味に見える記憶の背後に思いもよらない重要な別の意味が隠れているとしています。ただし、そのままでは意味が分からず、使うこともできないので、その記憶を分析していくことにより、覆い隠された意味が明らかとなり、コンプレックスや葛藤があらわになるとされています。

  フロイトが述べているように、幼い頃の記憶にはその人自身がもつ無意識的な動機を解明するための手がかりが残されているのかもしれません。とはいえ、それだけでは不十分であり、スクリーンメモリーは、その後の人生におけるエピソードやカウンセリングの局面と照らし合わせ、何度も立ち返って反芻することに意味があります。スクリーンという言葉は映画を連想させますが、このような作業は、何度も観たくなるような映画を繰り返し観て、ちょっとずつその内容を理解していくような感覚に近いのかもしれません。そのような映画は、観るたびに違った印象や新しい発見を与え、私たちを楽しませてくれます。

昔のことを思い出すと、幸せな記憶だけではなく辛い記憶もたくさんあるという方は少なくないでしょう。けれども、幼い頃の記憶は私たちの人生の基調となっているのだと思います。皆さんも幼い頃の記憶を思い出して、少しそれについて考えてみると、何か新しい発見があるかもしれませんね。

(文:浪花佑典)