臨床コラム 自分の心を考える

  •   2017/12/11

当院では、患者さん自身が「自分について考えること」を大切にしています。ですが、自分について考えるというのはなかなか難しくもありますよね。昔から人間は、自分について知りたいという願望を持ち、人間とは、自分とは何なのかを問い続けてきたのだろうと思います。その中で哲学や芸術や科学も生まれてきたのかもしれません。そういった流れの中で心理学も誕生し、今日に至るまで様々な理論が提唱されてきました。

当院では、精神分析的な理解を主軸において診療やカウンセリングを行っています。今回のコラムでは、自分自身について考える一つの切り口として、精神分析の概念のひとつである防衛機制について取り上げてみたいと思います。

 防衛機制という言葉、聞いたことはあるでしょうか?有名な概念なので、少し心理学を学んだことのある方は聞いたことがあるかもしれませんね。これは、フロイトが考えた自我の機能の一つです。端的に言うと、自分にとって耐えがたい衝動や情動が心の中に起こったときに、それを意識してしまうと不安や不快を感じてしまうために、そういった衝動や情動を何とかして無意識に追いやって、心を安定した状態に保とうとする心の機能です。「防衛」というと、外側からやってくる何かしらから自分を守るというイメージを抱きやすいのですが、この概念は自分自身の内側からくる不安や不快感から自分の心を守るという考え方なんですね。

心と一口に言っても、人の心には色んな部分があるものです。例えば、宿題や仕事などで締め切りに追われている時、「もう夜も遅いし疲れたから、この課題を投げ出して寝てしまいたい」という気持ちもあれば、「何とか締め切りに間に合わせるために頑張らなければ」という考えを抱いたりもするでしょう。そのように心の中には色々な部分があって、それらがしばしば葛藤するわけです。フロイトは、「~したい」という部分をエス、「~しなければ」といった部分を超自我と呼びました。上記の例で言うと、「もう夜も遅いし疲れたから、この課題を投げ出して寝てしまいたい」というのがエスで、「何とか締め切りに間に合わせるために頑張らなければ」というのが超自我ということになります。そしてそれらの葛藤を調整しているのが自我という部分です。防衛機制は、自我によってなされる心の調整機能というわけです。

そしてこの調整のやり方には色々なものがあります。例えば、有名なものに抑圧があります。これは、自分にとって意識することで苦痛を感じるような情動を意識から排除してしまうことです。つまり、そんな情動はなかったことにしてしまうということです。でもあくまでも、なかったことにしてしまうというだけで、実際にはその情動は心の中にあり続けます。抑圧以外にも様々な防衛機制があると考えられています。例えば、投影(自分の中にある情動を他者が持っているものと認知すること)、反動形成(本来の情動と正反対の反応をすること)、知性化(知的な理解によって観念化して本来の情動と切り離すこと)など、それ以外にもたくさんあるので、もし興味があれば調べてみていただけたらと思います。

どの防衛機制を使うことが多いのかは人それぞれで、その人に馴染みのパターンがあることが多いです。そのいずれも、一時的には心の安定を保つためにとても役立つのですが、それがあまりに偏っていたり常態化すると心に無理がかかってきてしまいます。自分にとって受け入れ難い情動を無意識に追いやったとしても、実際にその情動が消えるわけではないからです。そしてそれが精神的な症状や、場合によっては身体の症状として出てきてしまうことがあります。

そんな場合には、何かうまくいかない場面に出会った時、自分は心の中でその葛藤やフラストレーションをどのように処理しようとする傾向があるのかを改めて考えてみることが役立つかもしれません。そうすることで、自分がいつも繰り返してしまうパターンや、つまずいているポイントが見えてくることもあります。自分について考える一つの切り口として、そういった視点を持ってみるのも興味深いのではないかなと思います。もし興味を持たれたようでしたら、ぜひちょっと考えてみてください。

(文:由良 笑)