臨床コラム アニメに見る臨床心理学

今回のコラムでは、臨床心理学を扱ったアニメについて書いていこうと思います。その中から思い浮かんだものの 1 つに、奥田英朗さんの小説が原作の「空中ブランコ」があります。ある精神科が舞台のお話で、伊良部一郎という精神科医の先生のもとに、さまざまな困りごとを抱えた患者さんたちが訪れます。

タイトルにもなっている、 1 話目の「空中ブランコ」に登場する患者さんは、空中ブランコ乗りの男性です。彼は、空中ブランコのトップフライヤーでした。しかし、パートナーが変わってから、落下してしまうという失敗を重ねるようになり、不眠症を患います。彼は、その失敗の原因は、パートナーがトップフライヤーの座を狙っての嫌がらせによるものだと考えていました。精神科を受診することをすすめられた患者さんは、伊良部先生と出会います。そこで先生は、往診と称して彼の生活に付いて回るのです。ある日、「ビデオをしかけてみようか?」という先生の提案から、気付いていなかった自分の姿に直面することになります。彼は、この出来事をきっかけとして、自分自身のことを振り返ります。子どもの頃の経験から、知らず知らずのうちに自分から他者との間に壁を作っていたことや、出会って間もない他者に対する警戒心などが、失敗に関係していたことに気付くのです。

1 話目以降も、毎回別の患者さんたちが登場しますが、彼らも、日常を過ごす中で生きづらさや、心のひっかかりを感じています。伊良部先生は、彼らに対して、「こうすれば良くなるよ」という直接的なアドバイスをすることは基本的にはありません。むしろ、アニメなので多少誇張した表現もありますが、現実にはあり得ないような先生の自由気ままな言動に、彼らは振り回され、うんざりしていました。しかし、実は先生のその言動の中に自分を知るためのヒントがあるのです。ある時に、ふとした出来事をきっかけに、そのことに気付いて、自分自身と向き合おうとしていきます。
1 話目の中で先生は、「心の病」という表現を用いていましたが、病と聞くと治すものだと考える方が多いかもしれません。例えば、風邪を引いた時に薬を飲む、ケガをした時に消毒をしてばんそうこうを貼るなど、症状に対する直接的な処置や、症状の完治を目指しているのではなく、自分のことについて考えることができるようなお手伝いをしているのではないかと思います。そうすることで、生きづらさが少し楽になる、その過程がアニメでは描かれているように感じます。彼らがその後、どのような日常を送っていくのかは少しだけ描かれていますが、彼らの表情が穏やかになったという印象を受けることからは、自分を知ることで、「心の病」と折り合いを付けたり、受け止め方を変えたりすることができたのかなという想像が広がります。

当クリニックでも、臨床心理士がカウンセリングを行っていますが、何か困っていることに対して「こうしたらいいですよ」という直接的なアドバイスをすることは基本的にはしません。患者さんに自分のことを思いつくままに話してもらう中から、自分自身について考えることや、知っていくことを大切にしています。目の前の問題を解決することに焦点を置くのではなく、自分自身のことを振り返ることによる結果として、困りごとが軽くなることや、問題に対処しやすくなることを目指します。

みなさんも、日常の中で何か困りごとがあって、何とかしようと一生懸命になるけれど、なかなか上手くいかないということがあるかと思います。そのような時に、無理に何とかしようとするのではなく、目の前の困りごとから自分の方へ視点を変えてみると、新たな気付きがあるかもしれません。

(文:松岡恵里佳)