特集 メンタライゼーション

 “メンタライゼーション”ということばをご存じですか。なかなか耳慣れないことばですが、最近、色々な場面で使われてくるようになってきました。カウンセリングや、精神分析の領域や、さらにはロボット研究などでも最近注目を集めてきています。

この“メンタライゼーション”ということばは辞書にはありませんが、mental(こころ)に由来することばで、人が人を人として理解して交流する際には欠かせない心の機能として、このことばが使われています。このメンタライゼーションという心の機能は、名前こそ聞きなれないことばですが、実は私たち人間ならだれもが自然と持って使っている心の機能です。あまりにも当然の機能であったがために、これまではあえて意識して捉えたことはなかったかもしれません。

しかし、近年、対話型ロボットの開発や、自閉性障害の心の理解が進んでいくにつれて、このあたりまえの人としての心の機能の重要性について、脚光が浴びせられるようになってきました。

メンタライゼーションとは

それでは、メンタライゼーションとはどういうものでしょうか。メンタライゼーションとは、簡単に言えば、Holding mind in mind(心でもって心を思うこと・包むこと)と表現できます。つまり、自分や他者の精神状態に注意を向け、その精神状態についての認識を心にとどめおいて、考えたり吟味したり感じたりすることと言えます。この自分自身や他者の感情について注意を向けて考えている時(精神状態を認識している時)、“メンタライズしている”といいます。

J.G.アレンとP.フォナギーらによると、以下のような心の動きをメンタライジングの簡便な定義として並べています。

メンタライジングの簡便な定義

・  心で心を思うこと

・  自己や他者の精神状態について注意を向けること

・  誤解を理解しようとすること

・  自分自身をその外側から眺めること、他者をその内側からみつめること

・  (何か/誰かに)精神的性質を付与すること、あるいは精神的に洗練させること

引用(Mentalizing in Clinical Practice,2008)

もう少しむつかしい表現をすると、自分自身と他者の行為を、対象に向けて投影したり、欲望を向けたり、願望したり、信じたり、感じたりするなど(志向的精神状態)を行いながら、理解する(解釈する)ことだとも言われています。そのようにして、自分や他者を心的な存在として理解することがメンタライゼーションです。

さらに、“心”と“行動”とは本来別個のものですが、この“心”と“行動”とを繋げて、行動を内的な精神状態と結びついているものとして、想像力を働かせて捉えることや解釈するということも、メンタライジングであり、総じてこの心の状態をメンタライゼーションと呼びます。

ただ、このメンタライゼーションは、一定不変の精神状態ではなく、瞬間瞬間において強くなったり弱くなったりしながら機能する能力、つまりプロセスともいえます。あるときには、真剣に相手の気持ちを理解しようと深く考えているかと思うと、あるときにはほとんど気もしていないかのように対応している・・というように、そのときどきの状況や関心の向け方によって、メンタライゼーションの機能は変わります。また、この能力は、他者や自分の動機を説明するといった内省や洞察とは違い、瞬間瞬間においての人の心や感情、願望、意図などを汲み取る力でもあるといわれています。つまり、過去の体験を振り返って心をみつめて考える・・という過去の心をみつめる作業ではなく、今ここで、まさに瞬時瞬時に動いている心について関心を向け、想いをはせ、考えるという現在進行形の心の動きとでも言い表すことができるでしょう。

このように、メンタライゼーションというものを表現すると、すごく難しい機能のように意識されるかもしれませんが、もうおわかりのように、この機能は、私たち人間には、生物学的に準備されていて、誰にでも普通に備わっている能力です。他者の行為や自分自身の行為を、内的な心の状態の文脈で、暗黙的にも明示的にも読み取る(解釈する)能力のことです。

私たちは、このように私たちの行動と心とを潜在的な因果関係をもつものとして理解することで、無生物ではなく、生き生きと息づいた意志やこころを持って動く人物について、関心を向けて考えていこうと自然にしているのです。las_1026946 赤ちゃんとお母さんの最初の交流とメンタライゼーション

この能力は、人間の成長過程において進化するとも言われています。その起源は生後間もない赤ちゃんとお母さんとの相互交流の中で見るお母さん心の動きから発生しているといえます。たとえば、赤ちゃんが泣いている時に、お母さんは、ことばで表現できない赤ちゃんの気持ちや状態や訴え方などを何が起こって何故に泣いているのかに心を使って考えます。そして赤ちゃんのニーズを汲み取って、赤ちゃんをあやす・・という一連の行為を赤ちゃんに向けます。

この、赤ちゃんの訴えに思いめぐらし赤ちゃんの泣いている理由を理解して、泣かないで済むように対処しようとしているお母さんの心の動き(機能)を、メンタライゼーションといい、その心を動かして理解しようとしている行為をメンタライジングと呼ぶのです。赤ちゃんの泣きがおさまると、お母さんは再び穏やかに赤ちゃんに関心を向けながらも、別のことにも関心を向けていきます。しかし、お母さんの赤ちゃんへの関心は途絶えません。

もちろん、ここでいうメンタライゼーションという心の作業は、母親一人で勝手に行うものではなく、目の前の赤ちゃんを観察しながら、その行為や反応や動きをも含めて、赤ちゃんの心や気持ちを理解しようとしています。つまり、自分と他者との交互交流の中で、結果として、その行為は、共感的理解とよばれたり、ホールディングやコンテイニングとよばれたりする心の機能にもつながるのです。さらには、深く臨床的に機能させると、精神分析的には転移を受けて何が起こっているのかを静かに吟味するセラピストのこころのありさまにもなっていきます。これについては、後の章で詳しくお伝えします。

メンタライゼーションの由来

メンタライゼーションということばの由来は、「自分」はどこから来るのかを理解しようとしたデカルトにまでさかのぼります。「我思う故に我あり」と自動的に現出するという視点から、1970年代にはフランスで使われていた概念ともいえます。

フランス精神分析では、かつてフロイトのリビドー供給論を重視していました。欲動エネルギーの供給から、思考が生じるという幻覚的願望充足の考えが主流にありました。その欲動エネルギーを共有されていない心的エネルギーは、神経筋肉活動という行為でもって表出されるか、身体の症状として身体過程に転用されると捉えられていました。つまり脱空想化された葛藤(欲動が感情にも表象にも言語にも変換されない状態)が、身体症状や粗暴な行為や自傷行為に至ると捉えられていたのです。この理由づけとして、メンタライゼーションされないリビドー興奮が無秩序に現出すると考えられていました。この対応として、養育者が乳児の感情表出をまねる(少し大げさにまねる)というミラーリングが治療的には効果があるとされていました。つまり、母親の体験を子どもに伝える・送り込むという関わりではなく、子どもの状態を観察するものとして認識した上で、子どもの欲動に応じるという間主観的な体験としてのミラーリングが重要だったといわれていました。さらに、母親の安定した随伴的な愛着がこの関係性を支えるということに注意が向けられるようになりました。このような関わりをとおして、乳児は情動の自己調節能力を展開させ、同時に自己と対象との区別を認識していけるようになると捉えられる様になりました。

米国のフォナギーの「愛着関係を通じて発達過程の中で獲得していくものであり、場合によっては、途中で失敗することもある」という捉え方があります。

このフォナギーターゲットモデルには、4つの概念的起源があります。それらについては、おいおい簡単にご紹介しますが、1、認知心理学、2、Bion理論と対象関係論、3、フランス精神分析、4、愛着理論と発達的精神病理学が概念的起源となっています。

臨床場面におけるメンタライジングの日常的実例

シリーズ第2で詳しくご紹介していく予定ですが、メンタライゼーションとカウンセリングや心理療法・精神分析などの場面においても、このメンタライゼーションは重要です。どの治療的なアプローチを選んだとしても、心の中で何が起こっているのかに注意を向け、考え、感じながら、心を包んで納めていく作業が原則となるからです。それには、治療者自身も、クライエント自身も、ともに自分の心の動きを感じ、深い心の動きをも俯瞰して、ことばにして表現したり、相手に伝えたりする交流が求められるからです。

先日のアレンとフォナギーによると、その治療場面での患者と治療者のメンタライジングについても以下のように表現されています。参考までに並べてみます。

患者にとってのメンタライジング

・  なぜ治療を求めているのかについて説明し、症状歴を提供すること

・  現在の問題に対する配偶者の見方を述べ、現在の問題が子どもの幸福感に与えている影響について考えること

・  原家族における関係が現在の関係に及ぼす影響について考えること

・  臨床的面接について、気がかりや苦痛の根底にあるものを言葉にすること

・  臨床家の観察の正確さを評価し、臨床家の誤解を修正すること

臨床家にとってのメンタライジング

・  セッション中に患者が安全感を感じられるようにすること

・  ストレスを引き起こすライフイベントの意味を、トラウマの既往と関連させて理解すること

・  治療における進展や後退のサインを患者が認識できるように援助する

・  患者自身の体験や行動から生じる患者の苦痛を処理する

日常におけるメンタライジング

・  怯えている子どもを安心させる

・  ある要求に対して不合理なほどに怒りの反応が生じた理由を理解する

メンタライゼーションについて、少しご理解いただけたでしょうか。この心の機能は、実は、相手の気持ちや考えていることをうまくイメージしたり受け止めたりすることが苦手な方たちにとっても、ことばを話せないお母さんが、赤ちゃんの心の中を汲み取って、受け止め、理解したことを照らしかえすような自分以外の誰かが、一緒に心を見つけていくことを同伴してくれることで、少しずつ気持ちを理解したりイメージしていくことも可能となるといわれています。

次回は、社会的なコミュニケーションが苦手な方や、自分の気持ちを置き去りにしてきた方たちの心のメンテナンスとしての治療的なメンタライゼーションについてご紹介したいと思います。

 

参考文献・引用文献

1、Mentalizing in Clinical Practice:Washington.D.C, American Psychiatric Publishing,Inc,2008)

 

〇今後の予定

シリーズ第2 メンタライゼーションと心理療法

シリーズ第3 メンタライゼーションと愛着理論

シリーズ第4 メンタライゼーションと心の理論

シリーズ第5 メンタライゼーションと治療

(文:川野由子)