臨床コラム ひきこもり再考

ひきこもりとは?

ひきこもりは悪いことなの? 

なぜひきこもるの?

ひきこもりが病気と捉えられるのはどのような時なの?

ひきこもり状態にあるとき、心の中はどのような状態なのだろう?

 ひきこもるということばは、日常生活でも何気なく使われることばです。だからこそ、その「ひきこもり」ということばと現象と状態に改めて意識が向くと、先のような疑問が浮かんできます。

 ひきこもりの語源をたどると、「引き」・「籠る」と表され、現実社会との交流や家族以外との対人関係を遮断して自分にとって安全な場所に籠ることだと言われています。

 私自身も、特別なこともなく普通に生活しているつもりでも、たまにひきこもりたくなることがあります。現実のあれもこれもを切り捨てて、誰からも干渉されないでゆっくりと過ごせる空間と時間を自分のペースで持ちたくなるときがあるのです。もしかすると、ひきこもりというものは、誰しもが心によぎらせる願望であったり行動であったりするのかもしれません。

 そういえば、幼い頃はよく押入れの中に入ってわずかな空間に身体を丸めていつまでも過ごしていたものです。そのうち押入れではなく、自室や作業室などに成長に応じて移り変わっていくのですが、これと言って理由があったわけでもないのに、押入れの中のほの暗く小さな空間は籠るには魅力的でした。微かな壁の臭いを感じながら布団に身を埋めるように置いて、手にした懐中電灯の灯りを手掛かりに絵本のページをめくったり、TVの主人公になりきって悲劇のヒロインや悪と戦うヒーローを想い描いたりしたものです。

 特に、叱られて居場所が見つからないときとか、現実の人間関係を避けたい時とかには、すかさず籠っていたように思います。独りをもてあましたときも、押入れの中で過ごすことで何とも言えない安心感を得たこともありました。現実の環境の中で疲れたり傷ついたりした身体や心が、押入れという小さな空間で、程よく包まれ、外界から離れて癒され、そして空想の中で不安や苦悩を和らげるのです。それ故に、そこは妙に安心する自分の中の生きる力を取り戻せる/充填してもらえる隠れ場所であり避難場所だったように思います。

 ひきこもりは、身体や心が現実の中で健康に過ごすことができない状況に陥った時に、一時的に生きるために必要な身体のメンテナンスや心の滋養を充填しるための自分を護る行動なのかもしれません。自分らしく自信をもって生きるためのパワーを充填するために、人は自分にとって馴染みのある、程よく自分を包んで現実の世界から護ってくれる安全で安心できる場所に引き籠って、自分が自分を癒しいたわる自己完結的な対処を自己防衛的に対処しているのかもしれません。それは、なんとなくお母さんのお腹の中に戻って生きる力を最初からやり直して取り戻しているようにも思えます。

 小児科医で精神分析家でもあった英国のウィニコットは、このひきこもりは自分という心(自己)の中で退行した部分をもったその人(大人であれ子どもであれ当事者)が、外的な関係を遮断して(犠牲にして)その退行した心の部分を自己完結的に世話している状態だと言っています。この時、ケアを求めたか弱い赤ちゃんのような心の部分を、身近にいるケアする人が気にかけ見守りながら、絶妙のタイミングで素早く踏み込んで、その心を赤ちゃんを抱くように抱え包みこむことができたなら、独りで孤独にひきこもって対処しなくても安心して退行してもう一度やり直すことができるといいます。

 その時、ひきこもろうとしている人を取り巻く環境や抱える環境となる人が、赤ちゃんのようなデリケートな心にずかずかと口出ししたり支配的に指示を出すようなことをしてしまうと、外の世界はより一層不安で怖くて生きづらい世界だと捉えて、傷ついた自分を護るために安心できる状況を作った自分だけの場所にひきこもってしまうことになりかねません。ひきこもらざるを得ない時というのは、大抵、外的世界で生きにくさを抱えている時でもあるからです。

 ただ、ひきこもりは自分を護る手立てだという意味では大事なことですが、ひきこもりから回復するときが本当は一番時間を要するのかもしれません。不安だらけだった現実の生活の中に戻るに必要な生きる力を取り戻して、自分自身を受け入れ認めてくれる場所や人がいるだけで、内向的であっても生きづらさを抱えていても、誰にも負けない生活ができると思っています。

 ひきこもりは悪いことではなく、その人にとっては必要な対処方法だとも言えるかもしれません。ただ、ひきこもりが長引いたり独りでひきこもることで余計に狭窄的な捉え方になったり、現実から退避して偏った心が作り上げられる場合には、医師の診察と精神医学的な治療が必要になります。そうなる前に、安心して一時的にひきこもれる場所で、疲れた心と身体を休めながら自分を立て直す時間をもたれてもいいかもしれませんね。もし、必要でしたら私たちのクリニックにご連絡してみてください。診察室やカウンセリングのお部屋が、それを支える場所になれば・・と願っています。

(文:川野由子)