臨床コラム シャーロック・ホームズは良いセラピストか?

 仰々しいタイトルをつけてしまいましたが,今回は観察することについて書こうと思います。シャーロック・ホームズは優れた観察力を生かして,鮮やかな推理をし,様々な事件を解決していきます。彼みたいに,問題を解決できたらどんなに良いでしょう。

 少々横道にそれますが,私は去年の暮れに,唐突に何か新しいことをはじめようと思いたち,年が明けてから絵画教室の体験に行きました。体験ということでデッサンをすることになりました。デッサンなんて,中学校の美術の時間以来で,私はどうしたものかと思いました。絵を描くことを選んだのに,どうしたものかと思うのも不思議な話ではあるのですが。というのも,私は写実的に描くというのが本当に苦手だったからです。

 実際に描く対象を目の前にして,私がまずしたことは,じっと見ることでした。教室の先生が言うように,少し大きめに描くことを意識して,なんとなくの形をとって,じっと見ました。輪郭を描き,また手を止めて,光のあたり方と影の入り方,塑像のちょっとした欠けを見ながら鉛筆で線を重ねていきました。よく見ると,石膏は硬いようで柔らかい質感をしていて,その質感をなんとか表現しようと描いては消し,その度に塑像と自分の描いているものとを見比べ,を繰り返しました。描いている時より見ている時間の方が長かったのではないかと思います。そうして2時間くらいかけてなんとか完成させた絵は,中学生だった頃の私が見たらびっくりするくらいには写実的な仕上がりでした。先生は,ところどころ形が歪なところがあるとおっしゃって,ご指摘ごもっとも,とも思いはしたのですが,私としては十分満足でした。

 今回デッサンを体験してみて,デッサンは観察力を鍛えるのにとても役に立つと感じました(セラピストのトレーニングの一つに,観察をすることもあります)。これを続ければ,ホームズのように,握手をしながら相手がいた場所を言い当てるなんてこともできるのでは?なんて空想もしました。プロの画家がどう位置づけているかは知りません(ので,失礼を承知で書きます)が,私にとっては,デッサンは見えたものを見えたようにきちんと描く,表現するためのスキルで,絵を描くことそのものではないと感じました。カウンセリングはよく音楽に喩えられ,楽器の弾き方をマスターすることと,音楽を奏でることは違うと言われます。楽器がうまく弾けても,きれいに音が出るだけで,きれいな音だけでは音楽になりません。それと同じように,見えたものを見えた形のように描けても,そこに何かの情緒はのらないのでしょう。観察力は大切ですが,やっぱりカウンセリングにはそこに伴う情緒の方が大切なのだと思います。

 シャーロック・ホームズは,優れた観察力をもって,真相を暴き,問題を解決します。けれど,彼はなぜ犯人がそのような行動に至ったかにはあまり興味がないように見えます。私は彼の興味のない部分にこそ惹かれます。観察力があるから良いセラピストではないにせよ,観察力も備えた,良いセラピストになりたいものです。(こんな風に書いておいてなんですが,私はシャーロック・ホームズ・シリーズが大好きです。)

(文責:奥田久紗子)