臨床エッセイ 大麻の使用罪および医療用大麻合法化の閣議決定に寄せて

◼️はじめに

 いまどき,noteを検索すると優れたエッセイがたくさんあって,わざわざこのコラムで,このような投稿を読む人がいるのかどうかわからないけれど,表題のことについて,自分の整理のために少し書いてみる。そもそも僕がこうしたことに関心があるのは,僕の臨床のフィールドに関わるものだからだ。大学生に講義するときのように,なるべくわかりやすく書いてみたい。

◼️大麻について

 まずみなさんは大麻について,どのくらい知っているだろうか? 大麻とはマリファナであり,文字どおり麻から作られる麻薬である。薬理学的な細かい理屈はおいておくが,大麻に含まれるTHC(テトラヒドロカンナビノール)という化学物質が,鎮静や幻覚のような作用をもたらす。大麻は身体的・精神的依存が弱いと言われているけれども,それはしたがって無害であるという理屈にはならない。ここを論理的にも知識的にも履き違えている人がけっこう多い。依存性がないから危険でない,というなら,クマの前に身を曝してみるといいと思う。

◼️大麻取締法と大麻使用の実態

 こちらの報道(リンクあり)を見てもらいたい。2023年10月24日,大麻の使用が罪になるように法改正されることが閣議決定された。現在の大麻取締法では,大麻の不正な栽培,販売,所持などが禁じられているものの,使用については処罰されない仕組みになっている。それは大麻の有害成分が大麻以外からも検出されることがあるからだけども,法改正でこの捉え方が変わるのである。ここにある問題は,薬物関連に悩む人々が,医療機関や相談機関でその悩みを打ち明けることが難しくなるかもしれない,ということにある。「自分が話したことによって通報されたらどうしよう」と思うと,話せなくなるのも,さもあろう。さりとて,医療機関や相談機関はあらゆる問題に司法を介在させないのか,というと,そういうわけでもなく,ケースバイケースである。このあたりはとてもデリケートな課題を含んでいて,いまだに結論があるわけではない。

 厚生労働省によると,大麻は日本では覚せい剤に次いで使われている薬物であるが,大麻の使用がより一般的である欧米諸国では,大麻はヘロインやコカインの入門薬(gateway drug)とよばれている(日本犯罪心理学会, 2016)。ちなみに日本では長らく,有機溶剤いわゆるシンナーが,違法薬物の入門薬の役割を果たしていたが,2017年に行われた全国の中学生男女に対する調査で,大麻の生涯経験率が有機溶剤のそれを上回り(1.4%:1.1%),中学生ばかりでなく大麻取締法違反者は各年代で増加傾向にある(嶋根, 2020)。嶋根(2020)はこうした背景に,①大麻入手機会が増加したこと,②大麻使用への肯定的考えに触れる機会の増加,③危険ドラッグが規制が進んだことによる転向の加速,といった要因を挙げている。

 「でも諸外国じゃ大麻を医療に使ってたり,合法化してたりするよね? 日本もそうしたらいいんじゃないの?」という疑問を持たれるかもしれないので,それについて少し整理する。主な文献は富山・舩田(2020)によるものである。

◼️大麻の国際情勢と社会への影響

 大麻が医療に使われている,ということは実際に多くの国で行われている。富山・舩田(2020)によれば,オランダは1998年から,イタリアは2013年から,ドイツは2017年から,イギリス2018年から,アメリカの一部の州で(連邦法では違法),そしてカナダなどで医療用大麻が合法化されている。主要先進国が医療用大麻を合法化したのは,最近のことである。この医療用大麻はどのような病気にも使われるのではなく,特定疾患の治療にかぎって使われる。とうぜん使用には医師の許可に加え,患者の個人情報登録,期限付きの購入許可ライセンスの取得が必要であることも多い。しかしすでにここにいくつかの問題があることが指摘されている。①治療効果の疑わしい疾患にも大麻が使われていること,②大麻の治療効果測定が不十分であること(いわゆるエビデンスがないこと),などである。いつ,どのような場合に医療用大麻が有効なのか,医学的見地から十分な検討が加えられていないのが実情なのである。

 次に合法化の問題となっているのが,嗜好品大麻である。嗜好品大麻は,先に挙げたカナダ以外の主要先進国すべて,嗜好品大麻を違法としている。カナダだけが合法であり,アメリカは一部の州でのみ合法となっている。おそらく大麻を合法化すべき,という人たちは,この嗜好品大麻と医療用大麻の区別がついていないか,根本的に大麻の合法性を誤解している。アメリカで大麻を合法化している州として,コロラド州があるが,たとえば公園や路上で大麻を使用した場合や,未成年に販売した場合,処罰の対象になる。大麻を購入,吸引するための場所は決められているのである(オランダではコーヒーショップと呼ばれている)。

 それでは,なぜコロラド州やアメリカの一部の州では嗜好品大麻を合法化したのか? それは,違法大麻市場に巨額の資金が流れるために,財政がひっ迫するからだ。いわゆるアンダーグランドに資本が集まると,一般社会に流通する資本が枯渇することになる。日の当たるところで管理してしまったほうがなにかと都合が良い,というわけである。大麻が安全だからとか,害がないから合法化された,という理由ではない。コロラド州が合法化し,正規店で販売する大麻には,非常に高い税金がかけられている。

 合法化されたことによって,適切な方法によって栽培された,良品質の大麻が流通することになる。ここでいう良品質とは,先に述べたTHCの成分が,身体・精神的な害を与えないであろうと想定される基準の範囲で収まっている,ということである。大ざっぱにいえば,きれいで軽いお上品な大麻,と言えるだろう。しかし,これまで好きなように好きな大麻を使っていた人たちが,そんなきれいで軽いお上品な大麻で満足するだろうか?

 答えは,ノーであった。

 結局,①より高いTHC濃度の大麻が求められ,②税金がかけられていない安価な違法販売店の需要が増え,③より危険な使用方法や商品が出回ることになっている。管理が成功しているとは言いがたい状況にある。①強い効力を持つ大麻によって健康被害が増加する。大麻は安全だ,というある種のイメージは,THC濃度がそれほど高くなかった過去のイメージによるものであるかもしれない。現在流通している大麻や大麻製剤の効力は,ものによるが数十パーセントから数十倍と高いものであったりする。さらに②によって組織的犯罪グループができあがり,そして環境への被害も生じる。大麻に限ったことではないが,違法薬物の生成過程でさまざまな有害物質が発生するので,土地そのものに深刻な環境汚染を引き起こしてしまう。

 このように,大麻の合法化は,安全性が確立されたがための合法化ではなく,むしろ政策上の判断としての合法化である。そしてそれは基本的に失敗しており,多くの点で課題があると考えられる。

◼️大麻グミについて

 大麻を摂取するとき,タバコのように燃焼する方法が主流だった。それが主要成分を抽出した液体タイプになり,現在注目されるのが,摂食という方法である。俗に大麻グミと言われて,メディアでも注目されたあれである。大麻グミは,大麻有効成分のTHCは含有されておらず,別の有効成分CBD(これは医療用大麻の主成分でもあるが,詳しいことは割愛)のみが含有されている。CBDは鎮静作用があり,依存性がないので安全だ,という触れ込みで,大麻グミは発売されていた。しかし,2023年夏ごろ,大麻グミを食べた人が健康被害を訴え,調査したところ,大麻グミからTHCと類似する合成化合物HHCHが検出された。2023年12月から取締対象になるようだ。

 基本的に,変なものは食べないほうが良いだろう。

◼️薬物乱用という自己虐待と自己治療

 少し話を変えて,大麻にかぎらず,薬物乱用という状態についてとりあげてみたい。

 薬物事件は,「被害者なき犯罪」と表現されることがある。暴力のように,加害者と被害者がわかりやすく分かれているわけではないからだ。しかし薬物乱用は,英語にするとDrug Abuseであり,Abuseは虐待の意味を持っている。薬物に身をやつすということは,自らを虐待する,ということが含まれている。注射でイメージしてもらうとわかりやすいと思う。注射を持つ手は虐待する自分の手であり,注射を打たれる腕は虐待される自分の腕である(本当はそれを止められない傍観者もいるが,それは割愛する)。このように,薬物事件に被害者がいない,とは言いきれない。個人内の話に納得いかないとしても,薬物の使用によって精神や行動は影響されるので,人やものへの暴力や損害が生じるリスクも含んでいる。

 先のAbuseについての話を矛盾するように思われるかもしれないけれど,薬物乱用は,ある種の自己治療を目的にしている,という考え方がある。これを自己治療仮説という。本来であれば,僕たちは困ったときに誰かに助けを求めるはずである(このシステムを,アタッチメントという)。しかし薬物乱用では,人の代わりに薬物を相手として選ぶ状態になっておちいっていると考えられている。というのも,薬物乱用の人はしばしば精神的に不安定であり,追い詰められていて,落ち込んでいて,塞ぎ込んでいて,傷付きを抱えていることがよくあるからである。ここで,「薬物乱用をしたから精神的に不安定になったのだ」という因果関係が逆転する余地がある。つまり,「精神的に不安定なので,薬物を乱用している」ということになる。このあたりの因果関係は,まったく明確なわけではない。いま現在薬物を乱用している人の過去を,完全にたどることはできない。少なくとも,薬物乱用→精神障害,という因果関係だけではなく,薬物乱用↔精神障害,という相関関係も想定することができる。

 大麻に戻ると,未成年での大麻の使用は,のちの精神障害のリスクとなることが知られている。しかしその逆に,精神障害が大麻の使用を動機付ける,すなわち自己治療仮説的な方向性もありうる(沖田・松本, 2020)。しかしこの自己治療も,誰かを頼るという合法的で安全な方法からの逸脱を含んでしまっていて,そしてそこには,そうなってしまっただけの苦痛や苦悩に満ちた背景があると考えられる。

 被害者なき犯罪,というが,もしかしたらそこには,かつて被害者だったその人がうずくまっているかもしれない。

◼️さいごに

 大麻について,いくつかの文献をもとに少し整理してみた。いまのところ,大麻を使ったら良いことがある,とは言えないだろうし,合法化したほうがいいという明確な根拠もない。さりとて大麻使用罪を適用することにも,臨床的な観点からすると,いくらかの懸念がある。どうしたらいいかという結論は簡単には出てこないので,少しずつ考えてみるしかないところである。

◼️文献

厚生労働省パンフレット https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/pamphlet.pdf

日本犯罪心理学会 (2016) 犯罪心理学事典 丸善

嶋田 (2020) 国内外における大麻使用経験率-疫学調査から 精神科治療学, 35(1), 5-12.

富山・舩田 (2020) 海外における大麻規制緩和と社会への影響 精神科治療学, 35(1), 13-18. 沖田・松本 (2020) 大麻使用と精神病性障害-そこに因果関係はあるか 精神科治療学, 35(1), 35-41.

(文責:平野(淺田)慎太郎)