臨床コラム  精神分析と文化盗用

 近年,「文化盗用」という単語をよく目にする。それは本来,「創造的あるいは芸術的なフォルム,テーマ,実践を再び取り上げ実現することのうち,ある文化的グループが他の文化的グループに損失を与えるかたちでおこなうもの」であり,「搾取する,あるいは支配をする意図」があった。しかし,搾取や支配の意図の有無が無視され,「盗用」ばかりを見るようになると,それが多文化主義への賞賛であっても,非難され,思想は硬直し,芸術を抑圧させている,という。(堀,2020/2023)外国人が着物を着て,その姿をInstagramにアップするのは日本文化の盗用だ,というやつだ。あまり大きな声では言えないが,この問題,ニュースとしてはよく見るけれど身近な問題とは思っていなかった。しかし,はたと気がついた。

 精神分析は文化盗用なのか?

 精神分析の祖S, Freudはオーストリア帝国(現在のチェコ)に生まれたユダヤ人で,晩年は疎開のためにロンドンに移住したことで知られる。精神分析が神経症と言われる人たちの治療として,また学問として拡がりを見せ始めた当初,そのサークルの主なメンバーはユダヤ系の人々だったが,Freudが寵愛した(と言って差し支えないと思う)メンバーの一人であるC, G, Jungは非ユダヤ系であった。それはどうしてだろう?後に2人は袂を分つことにはなるが,FreudがJungを高く評価していたことは間違いない。だが,それだけだろうか?当時のヨーロッパにおいて,ユダヤ人が集まって何かやっている,というのはそれだけで不審がられるには十分すぎる。Freudは精神分析を人間存在に関する普遍的な学問系体へと作り上げることを目論んでいただろうし,そうすると“ユダヤ人の学問”とレッテルを貼られないよう,幾らかの工夫は考えただろう。そこでJungだった,かもしれない。

 話は変わって,アメリカの有名なHipHopアーティストにKRS-Oneという人がいるのだが,彼はあるインタビューで,“HipHopは文化そのものなんだ。大切なのはなんでこうした文化が生まれてきたか。(略)HipHopは自分の存在価値を確認するもの。だから日本人がアメリカ人の真似をするのはHipHopじゃない。”と言い,“本当のHipHopは日本人がアメリカ人のHipHop乗っとるくらいじゃないと。だから地元をレペゼンするんだ”と続けている。着物着てみろよ,日本人より着こなせるか?アメリカ人の着物を見せてくれよ,といったところだろうか。

 Freudのやり方は少し姑息な気もするが,FreudとKRS-Oneの2人の思いに通底するのは,精神分析/HipHopへの信頼と,それを盛り上げたいという熱いバイブスだろう。真似できるもんなら真似してみろよ,お前の分析を,Rapを聞かせてみろよ,と。

 さて,日本人が精神分析をするのは,文化盗用だろうか??

(文責:石田 拓也)