臨床コラム Among Others

今年は例年と違って、私たちがこれまで経験したことのない年となりました。コロナ禍における変化は色んな形であると思いますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私も自粛期間中には、ずっと自宅に籠っていたのですが、さすがに何日もそんな状態が続くと、感情がはっきりとせず頭がぼんやりして、地に足のつかない状態になったように感じました。いわゆる「解離」という状態だと思います。この場合の「解離」は、終わりが見えづらい強いストレスに晒された時に、私たちが行う対処法の一つであると考えることができます。感情をぼんやりさせて強く傷つくのを避けるわけですね。

他にもストレス状況下では、極端な考えに振り回されて、世の中を見たいようにみるという捉え方の偏りが生じやすかったり、周囲の人の何気ない一言に大きく反応してイライラする、まわりにとても敏感になって、小さな物音や人の動きに過敏になる「過覚醒」の状態になりやすいとされます。とはいえこれも、敏感になることで外部に注意を払い、ストレスに対処しようとする面があるのだと思いますが。

皆さんの中にも、休校やテレワークによって、家族と一日中家にいるなんてことが増えたと思います。そうすると、家族同士でイライラしてぶつかることも出てきちゃいますよね。私はなるべく家族や周囲との間でぶつかることは避けたいタイプなんですが、コロナに関係なく、なかなか人同士の争いが絶えることはないなぁとしみじみ思ったりします。例えばあるグループなんかで、すごく声の大きい人がいて、正論を言って相手をやり込めちゃうこともあるけど、あんまり配慮のない言い方だと相手を傷つけるだけで、そのグループ全体の持つ力を下げてしまうなんてことがあります。自分の意見を言うのはもちろん大事ですが、攻撃的な伝え方や、相手の気持ちを考えずに自分の気持ちだけを尊重するのはマズいですよね。

カウンセリングで一番大事なのは相手の話をきくこと、つまり「傾聴」だと思いますが、自分が日常生活でこのスキルを活用できていなかったことに気づいて、ハッとさせれられたことがありました。ずっと「傾聴」するための技術を養ってきたつもりだったのに、全然それをプライベートな場では活かせてなかったんですよね。なんか家族や友人が相手だと心の中に甘えがあって、言わなくても分かってよとか、気持ちを汲まなくても許されるだろうとか考えてしまいがちなんですけど、そうするとまた、お互いに傷つけ合うことなんかが起きやすくなります。以前、私に対してなぜか怒ってくるクライエントさんがいて、私は自分が悪いことをした覚えもないし、嫌だなぁと思いつつ会ってたんですが、なにかその人から、私の話を本気で聴いてますか??って暗に言われてるような気もしてて、確かにイヤイヤきいていた自分に気づいたので、なるべく根気強く相手の話をきくようにしました。するとある時、その人から言われたのは、私に表裏があってこんな自分を陰ではバカにしてるじゃないかという不安や、私を恐れる気持ちがあるということでした。そこからまたカウンセリングは新たなプロセスに進んでいくわけですが、その人の抱える不安や恐れに辿りついたのは、「傾聴」の力があったためだと思います。

こういった経験は、相手の話をきちんときいていくと、カウンセリングだけでなく日常生活の中にも生じることです。なので私は、誰かを大切に思うということは、相手の話にちゃんと耳を傾けることだと言って差し支えないと思っています。ただ、最初の話に戻りますと、コロナ禍において皆がストレスを抱えている状況下では、そういったことができにくくなっているんじゃないかということです。ただでさえ、最近はSNSなどで個人が誰にでも意見を言いやすくなっていますから、素早く的確に批判する、明確に自分の立場を表明するやつが偉いんだ、みたいな風潮が強くなっていると感じています。だからもうちょっと批判する前に相手の話をじっくりきいたり、何も言わなくても許されるような世界にならないかなぁと思ったりするのです。

(文:浪花佑典)